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 第26回掲載 ディスクインプレッション(wildさんより)
THE POLICE GREAT HITS ’92/09 POCM-1010

Stingってミュージシャン知ってるかなぁ? ちょっと前に宮崎シーガイアのCMに出てた外タレさん。俺は金儲けとしか思えない行為だったんだけど、色々真面目にチャリティーなんかもやってる人なんです。それで彼が昔、世界的大成功を収めたバンドがあります、それがThe POLICEってバンドで、今でもボーリング場などでジュークボックスに「見つめていたい」ってナンバーがあると思うけど(もう無いかな)、それの代表曲とちょっとバンドの歴史の紹介です。
 The POLICEはそれまで、「カーヴド・エアー」でドラムを叩いていたスチュアート・コープランドが自分の新しいバンドの構想を練って作られたのが始まりだ。時代はパンク旋風さなかでスチュアートも自然とパンクカラーの3ピースバンドを組みたくなった。ニューキャッスルのジャズクラブに「ラスト・イグジット」というバンドでベースを弾いていたスティングに声を掛け、ロンドンにスティングが移る。スチュアートが連れてきたコルシカ人のヘンリー・パドヴァーニが加わり、ポリスが1977年に始動する。スチュアートがインディーレーベル、イリーガルレコードより「Fall Out」をリリース。初版の二千枚が完売。その年の5月に「Strontium90」というプロジャクト出演。これが運命的な出会いとなる。アンディ・サマーズは数々のバンドでギターを弾くが栄光に恵まれず、起きてもすることがないと一週間ベッドから出ない時期もあったが、このまま埋もれるのはダメだと決心し、ロンドンへ移る。そこで自分の才能を”貸し出し”て、ピンク・フロイド等とセッションしていたアンディがケビン・エアーズというバンドで弾いてた頃(だったと思う)「Strontium90」で2人に出会い、6月にポリスに加入。四人編成となるが、アンディが3コードしか知らない(実際、「Fall Out」を弾いてたのは彼ではなく、スチュアート)ギターを首にするべきだと言い、スティングはテクニシャンのギターが欲しかったため、やむなくスチュアートがヘンリに勧告してあえなくクビとなり、3人トリオとなる。仕事も少ない中、取りあえずアルバムを作るべきだとし、イリーガルレコードより出す予定の「Outlandos D’Amour」(1978年11月A&Mよりリリース、@AB収録)の制作に取りかかる。このアルバムはパンクっぽくしたてようと歌詞もちょっと幼稚にして演奏もラフな感じがする。そんな中でスチュアートの兄、マイルスがたまたまスタジオで”ロックとレゲエの融合(ホワイトレゲエ)”の@を聞き、それをA&Mレコードに持っていき、単独契約となる(そのままマイルスはマネージャーに)。マイルスは兄弟のイアンと共に、アメリカのツアーをブッキングし、ニューヨークのCBGBでアメリカデビューを果たす。@は娼婦の事を歌った独特のレゲエのリズムを取り入れた初期の代表ナンバー。映画「48時間」でエディ・マーフィーが刑務所の中でヘッドフォン聞きながら”ロックサーヌ!!”と大声で歌ってたヤツだと言えばわかるかな。Aのシングルカットナンバーは、お堅いBBCから”自殺を正当化する歌”ということで放送禁止を受けた同じくレゲエリズムのナンバー。ライブだと間演に「OK,アンディ・サマーズショウ」の後に次のアルバムの「REGATTA DE BLANC」がアンサンブルで弾いてライブのハイライトの一つになってた。もう1つ、Bはアルバムだと間奏にハーモニカが入ってるけど、シングルでは無駄を省いてる。きっちりアンディがブルースっぽいソロを聞かせてくれます。それとBのビデオクリップに何故か都営三田線が選ばれてる(面白かった)。インタビューで「ボブ・マーリーの曲にインスパイアされた曲だ」とステイングが語ってるが、蛇足でTHE STREET BEATSの「FEEL'IN GROOVY」を始めて聞いた時、絶対にこの曲にインスパイアされたと思いました。
 アメリカツアーから本国イギリスに戻ってみると、アルバムは少しずつだが着実に売れていた。この頃になるとピストルズが解散し、パンク熱が次第に冷めていく中、同世代にXTC、スペシャルズ、JAPAN等なんかが居てニュー・ウェーブが持てはやされるようになった。そんな中、ポリスは他のバンドから演奏がしっかりしていると羨ましがれもしました。時代に微笑まれ始めたポリスの2nd「白いレガッタ」(1979年10月リリース、CDE収録)はイギリスで堂々の1位に、これも一位になったCはアンディとスチュアートがポリスの曲の中で1番気に入って、僕もギターのコードワークが際だって一番好きです。それにひきかえスティングは”アンディとスチュアートはCだと言うだろうが、僕はDが気に入ってる”と言う、ひねくれるなぁ。そのDのビデオクリップはヒューストン・ケネディスペースセンターで遊び回ってる3人が映し出され、曲の方もちょっと俺は眠たくなるような、フワフワした感じの曲だす。この年のレディング・フェスティバルでトリを務まる頃に、これまでに@からDまでのシングルをまとめ、それにEのデモ・トラックを付け足した「ポリス・シングルパック」(全英17位)が出され、ファンを喜ばれたものだ。これも蛇足だが、アルバムに収録されてる「BRING ON THE NIGHT」という曲があるがギターのイントロが印象に残る個人的にすごい好きな曲だが、いくつかベスト盤が出されるけど入らないのが不思議といえば不思議だ。プロモもあってアンディとスチュアートが椰子の木をギター替わりに抱え、スティングが黒のストラトを抱え、バックするカメラを三人が追っかけるだけのやつでした。
 これでイギリスに確固たる位置を持った彼らが金銭的に余裕をもったのでそこで、これまで誰もやったことのないワールドツアー19カ国に出かける。香港、ニュージランド、イスタンブール、エジプト、日本、インド、などに長期に渡ったものだ。日本公演はかなり熱狂に包まれらしい。その後、アルバム制作を再開させ、1980年にリリース。アルバム「ZENYATTA MONDATTA(ゼニヤッタ・モンダッタ)」(FG収録)当然、アルバム全英1位に輝く(全米だと5位)。このアルバムは全体的にエスニックテイストが際だってるように思える。タイトルも「世界は悲しすぎる」や「君が今、なすべきこと」などパンクより進化した。Fはギターのミュート、ギターのタメ等にバンドのセンスの良さを感じさせられる。スティングの昔の職歴から出来たんだろう。Gは二度目の来日に合わせて日本語バージョンが発売され、オリコンチャートで最高位50位までヒットし、スペイン語バージョンまで出た。歌詞の内容は殆ど意味不明。悪いが個人的にこの曲はあんまり好じゃない。アルバム「GHOST IN THE MACHINE」(1982年1月リリース)はそれまで3枚のアルバムのプロデューサーだったナイジェル・グレイからヒュー・パジャムに変わり、シンプルから重厚へとサウンドが大きく変化し、サイバーパンクとも呼ばれた。Hは珍しくストレートなラブソングで”君に夢中”的な内容だった。しかし、この曲はA&Mと契約する前にすでにあった(先の「Strontium90」でアコスティック風)。Iは重苦しい曲調と歌詞だが、自分は好きだ。ビデオクリップもこれまた重苦しい映像で北アイルランドの暴力的状況を撮ったらしく、暗いが印象に一番残ってる。最後(CDには入ってない)のシーンでスティングが何か言ってるが訳せない。すごい気になる(当然ビデオ放映禁止になったけど)。Jは間奏のエレクトーンがいい味だしてる。スタジオの高度なテクノロジーを駆使して作り出された音楽に内在する人間の精神という意味を、直接的に表現している。 これまで数々のヒットを出して、軌道に乗り始めた彼らが各自の活動に入ってく。まず、スティングが映画の出演に取りかかり、アンディが旧友のロバート・フリップとアルバム「心象風景」を発表。スチュアートはバレエや映画で作曲をするなどで活躍する。ところがメディアが彼らのプライベートをいちいち取り上げ、日常的なものに支障をきたし、ことに税体制には随分頭を痛めたらしい。スティングはユング(心理学の分野でトップの人)に影響を受け、新作に取りかかる。そのユングの影響で書いたK(ビデオクリップがめちゃくちゃ格好いい)を始め、アルバム「SYNCHRONICITY」(1983年6月リリース)は彼らの進化の最終段階に入ったようなアルバム。A面はハードなサウンドでアップテンポの曲が多い、逆にBは内省的にミディアムテンポかバラードで分けられてる。80年代を代表するアルバムと数えられてる。その中でもLは彼らの最大のヒットを放った曲(全米で8週連続1位)で代表曲に挙げられるだろう。曲調は一聴すると明るいがスティングは”個人的にひどく悲しい時に作った。聴いてて、歌の主人公を哀しく思う”と語り、カラオケで歌っても、ちょっとしんみりしたなぁ。コピーしようと練習したが、ギターフォームが”アンディはどういう指してんだ?”と思うほど、手のひらを切ったとしか思えないぐらいに押さえるのに苦労して断念。プロモはモノクロでほんとに渋く淡々と流れるがスティングの射るような目が印象深い。Mはとかく歌詞が重い。エスニックテイストなリズムが刻まれ、ギターソロはがアンディのソロの中でメロディが一番綺麗だと僕は思う。ビデオクリップも作られたらしいが殆ど意味不明な仕上がりとなってるようです。Nのビデオクリップ白い蝋燭が沢山並べられたの中を走り回り、倒したりするシーンは曲とマッチしてていいと思ったが最初に聞いた時には眠たくなった。でも、ライブだと曲にうねりが出てきたりして好きだ。ラストOは...すいません。CD買ってないもんで推測で言わせてもらうと、ライブバージョンでアムステルダムコンサートの時と思われる。アンディのエコー系エフェクターのギターワークが聞けると思います。そして、1983年8月18日、ニュー・ヨークのシェア・スタジアムに於いて70.000人の前でプレイする。このライブを期にスターダムに昇り詰めた三人が”基本的に、これ以上大きくなれない”と意見を一致した、終わりの始まりである。その後ライブアルバムの話も出たが、実現されず、メンバーそれぞれソロ活動に入ってく。1986年6月のアトランタで行われたアムネスティー・インターナショナル(U2、ピーター・ゲイブリル、ルー・リード等)で再び、3人集まって、5曲を演奏した。7月に入り6枚目のアルバム制作に取りかかったが、メンバー関係が最悪の状態にあったので「高校教師’86」を録っただけで終わった。本人達も”あれは駄作に作ってしまった”と語り、確かにオリジナルの方が数段上だと思う。プロビデオはまるでポリス解散説を裏付けるようなビデオだ。そのニュー・バージョンを収めたシングルコンピュレーション(全英1位、全米7位)を出して、正式な発表もなくファンにもう終わったグループだという悲しい印象を強くしていった。その後、1993年11年に4枚組のボックスセットを(全曲網羅)出し、1995年になんとアンディがプロデュースした2枚組のライブ盤を出す。このライブは「白いレガッタ」あたりの初期のとシンクロニシティを出した後の後期に分けらて、2枚を比較してみると面白い。ほんとに個人的な見方だが初期のライブは演奏がラフで無駄を省いているのでアルバムより良いと感じてしまう。逆に後期の曲はスタジオワークに走り過ぎたのかアルバムの方が良いと感じてしまったりする。
 そういうベスト盤や、スティングが気になる発言をするたびに”ひょっとして、活動再開か?...”などと、淡い期待してしまうのは自分だけじゃない筈だ。スティングは”彼ら二人以外に一緒にやっていきたいミュージシャンは考えられないが共同作業をするのが難しい3人でもあった。スチュアートとは時には殴り合いの喧嘩にもなったがそんな時、アンディが間に入ってきてくれた”と語り、スチュアートは”スティングは時にとても口汚くなってるし、人の神経なんて全く無視してしまう事があるからアンディを時々、スティングから遠ざけなくちゃなんなかった”と語り、アンディは”スティングは、よくスチュアートと僕の間に割り込んできた。彼とは大抵の意見で食い違ってたな。だけど、たまにスティングと僕の意見が一致すると今度は....ってな具合に、実際、いつもぐるぐると環を描いて回ってるようなもんだった”と語る。大方のところ、事実としてスティングが全てのヒット曲を生んでいたのでポリス=スティングという図式がいつの間にか浸透していたのかもしれない。アンディとスチュアートも”スティングのサポートメンバー”という不愉快な感情を抱いていただろう(スチュアートのドラムに”FUCK OFF YOU”と書かれていたがスティングの事らしい)。しかし、僕はアンディのギターが無かったら深くのめり込まなかった筈であるし(今回のコラムはギターの印象が多くなってしまった。すいません)、スチュアートのドラムのテクが無かったら好きになってないだろう。もちろん、スティングが曲を書かず、ボーカルも変だったら全く見向きもしなかっただろう。ちょうど、三角形の3本の線がちょうどよくバランスを保ちながら、このバンドは転がっていたからいつも緊張感もあったと今にして思う。
 最後にこのバンドの復活を望む声が多いが、当のメンバー達、黄色いTシャツをいつも着てたスチュアートは”やってもいい”と前向きで、神経質そうなスティングは否定的な意見で、気のいいパパ的なアンディもやるべきではないと否定的な意見だが、個人的な見方なんだがソロになったスティングはあまり聞いてない。スティングのコンサートに行っても物足りなさをどうしても感じてしまう。一度も生で見たことない者としては3人トリオのポリスを見てみたいと切に願ってる。スティングのコンサートでアンディがゲストで出たり、結婚式などでやることはあっても3人じゃないとポリスじゃないと思う。一方で”神通力”が昔みたいに無い状態でやられてもどうかと思う。やはり一度切れた緊張の糸は二度と元には戻らないだろう。

収録曲
@ ROXANNE(全英12位、全米32位)
A CAN'T STAND LOSING YOU(全英2位)
B SO LONELY(全英6位)
C MESSEGE IN A BOTTLE/孤独のメッセージ(全英1位、全米74位)
D WALKING ON THE MOON(全英1位)
E THE BED'S TOO BIG WITHOUT YOU/ひとりぼっちの夜
F DON'T STAND SO CLOSE TO ME/高校教師(全英1位、全米10位)
G DO DO DO DE DA DA DA(全英5位、全米10位)
H EVERY LITTLE THING SHE DOES IS MASIC(全英1位、全米3位)
I INVISIBLE SUN(全英2位、アメリカではリリースされてない)
J SPRITS IN THE MATERIAL WORLD(全英12位、全米11位)
K SYNCHRONICITYU(全英17位、全米16位)
L EVERY BRETH YOU TAKE/見つめていたい(全英1位、全米1位)
M KING OF PAIN(全英17位、全米3位)
N WRAPPED AROUND YOUR FINGER(全英7位、全米8位)
O TEA IN THE SAHARA/サハラ砂漠でお茶を

最後にこれを書くにあたり、参考資料とさせていただいたHPのまりりんさんにこの場を借りてお礼を申し上げます。

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