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 第54回掲載 ディスクインプレッション (wildさんより)
THE BLANKEY JET CITY "HARLEM JETS" 2000.5.10 11th ALBUM (POCH-1919)

「いつまでも・・・いつまでも憶えとってね、俺達の事・・・」

 「暴走族になるか?バンドを組むか?」思い悩んだ末、バンドを組み事を決意し上京した浅井健一 (ベンジー)は同郷で腐っていた照井を名古屋から呼び、結成。1990年にスターリン、スタークラブ、ゴッズ等 日本のPUNKバンドを渡り歩いてきた中村達也が揃い、史上最強の3ピースバンドになる。末期状態にあった深夜TV番組「イカ天」に6代目グランドチャンピオンになり、メジャーが獲得に争奪戦になる。初のツアーもソールドアウト。

 1991年4月12日メジャーデビューアルバム『Red Guitar and the Truth』。シングル『不良少年のうた』発売。レコーディングは渡英してエンジニアはクラッシュやピストルズを手がけたジェレミー・グリ ーン氏がそのままプロデュース。ちなみに初回限定としてCDカバーが付いてた。「CAT WAS DEAD」「僕の心を取り戻すため」「ガードレールに座りながら」純粋な不良少年のイカ れた感性がすでに垣間見えてる。

 1992年1月22日2nd 『BANG!』リリース。「前回のブランキーの音は間違っとる、オレしかブランキーを録れん!」と強引な手紙で口説いてプロデューサー土屋昌巳氏を迎え、Drの達也曰く「冷蔵庫の中で取った」寒々しい音が繊細に 輝いた。古くさい音だけど逆に新しかった感じがする2ndは音楽関係者が絶賛した。実は筆者もここからブランキーにのめり込んだ。「ディズニーランドへ」「★★★★★★★」等に他 のバンドには出せない”狂気”を見た、PUNKとジャズが絡み合った「SOON CRAZY」しかりである。また蛇足だが初回応募ハガキだったかな?プレゼント8cmCDで「MY WAY」の日本語カバー・「僕の心を取り戻す為に」のライブ音源が貰えた。その年の9月30日に『LIVE 』リリース。ま、記録みたいなもんかな。日毎にアレンジが変わっていくバンドなんで。(ウチの アニキがたまたま前日の渋公に足を運んだ、呆然とするしかない程カッコイイ演奏だったそうな )。11月9日シングル『悪いひとたち』インディーズ発売。9分にも及ぶ大作だが、一部の歌詞 に問題ありとなり(♪SEXに明け暮れて”麻薬”もやりたい放題〜)、メジャーからの発売は歌 詞をかえて発表となった。しかし、オリジナルの歌詞を聴いて欲しいという。アーティストサイドの強い意思と要望により、所属事務所のTOKYO PISTOLよりインディーズというかたちで、発売となった。 オリコンインディーズチャート第一位は、当然である。限定アナログがプレミア付くのも当然である。

 1993年2月24日3rd アルバム『C.B.Jim』リリース。ロンドン、東京でレコーディング。プロデ ューサーは同じく土屋昌巳氏(一回で終わるのはもったいない)。「PUNKY BAD HIP」(デ モの段階では「たちの悪い友達」らしい)「D・I・Jのピストル」「3104丁目のダンスホール」等暴走しまくりの楽曲が目につくが「ROBOT」「ライラック」等の静の部分が個人的には好きだ。 5月15日にはメンバー自身が、文章・写真イラストを手かけた。初の単行本 『Carburetor』が発売。5月22日デビュー前からアルバム『C.B.Jim』までの写真と、インタビューからできた本 、『BJC』発売。付録には、CDシングル『Unplugged』(「ガードレールに座りながら」「SOON CRAZY」の2曲)も付けて完全限定1万部発行という形で発売。12月1日に4th 6tracksアルバム『METAL MOON』リリース。歌詞が気に入らず渡英までして書き直したベンジー。この辺りからデビューまでつっ走してきた反動の苦悩が見えた。そしてそのまま引きずるかのように・・・

 1994年4月20日4th SINGLE『青い花』リリース。5月25日には5thアルバム『幸せの鐘が 鳴り響き僕はただ悲しいふりをする』 リリース。「青い花」を聞いた時は絶対にこんな誌を書か ないと思っていただけにちょっとショックを受ける。しかし、アルバム全体の1本の映画のような 作りは好きだ。中でも特に好きだった『風になるまで』がリリース。カップリングの「いちご水」は 隠れた名曲で最後のアリーナでやった時に最近のファンは意外にしらない
曲だった・・・・
 そこでここで歌詞だけ載せとく。

  いちご水を入れた透明なビン
  それを突き抜けた光が 真っ白な壁に薄いピンクの影を映しだし
  君はそっと手を伸ばして それに触ろうとしている
  とても自然な事さ

  さみしそうに流れる雲 何も聴こえない
  指先を見る
  さよならが知っているのさ
  何が一番綺麗な世界
  目に映るものすべて 切なくなるほど
  純粋なものばかり

  ※消えてくれないか 今すぐ
   僕の目の前から消えてくれないか
   死ぬほどお前を愛しているから

  僕は自由で君を見つけた
 そして あまりにも光が欲しいだけ

  ※REPERT

  いちご水を入れた 透明なビン
  それを突き抜けた光が 真っ白な壁に薄いピンクの影を映しだし
  君はそっと手を伸ばして それに触ろうとしている
  とても自然な事さ

 って歌詞です、話を戻そう。
 1995年3月1日ベストアルバム『The SIX』リリース。昨年の10月にロンドン にてレコーディングさ れた『Rude Boy』他1stからのニューバージョン4曲、『悪いひとたち』完全バージョンを含む、全14曲。 先にシングルでリリースされた『Girl/自由』も入ってるが個人的には「Girl」が一番駄作に思えて仕方がなかった。この年の8月26日に代々木公園野外ステージにてフリーライブ。「Are You Happy?」を 開催。スラムやゲットーで暴動が起きるには決まってこんな暑い夏だ、加熱した客が鉄柵を壊し1曲目が終わった段階で中断、20分後に再開されテンションの高い演奏だった。集まった客全員に『15才』のデモトラックCDがプレゼントされた。同じ年11月22日7thアルバム『SKUNK』リリース。退廃した感じがするかっこいいアルバムだ。帯に文句”もうロックは要らない。欲しいのはコレだ!”には頷ける。

 1996年は各自ソロ・プロジェクトに入る。
※前にディスクインプレがあったのでそちらをご参照ください。

 1997年に東芝EMIからポリドールに移籍。6月18日土屋氏から離れ初のセルフ・プロデュースによる8thアルバム『LOVE FLASH FEVER』リリース。気にいった楽曲は当時「PUDDING」「海を探す」 だけ・・・9月に9th SINGLE(MAXI)『左ききのBaby』リリースしたが、昔からのファンだった自分にとっては離れそうになった時期。

 1998年に立て続けにリリースされた10th SINGLE『赤いタンバリン』と東芝EMIよりベスト盤の『国 境線上の蟻』を同日リリース。『赤いタンバリン』で少し持ち直したが昔ほどにのめり込むには至らな かった。2枚目になるベスト盤で前回が初心者入門編としたら後者はメンバー自身による選曲でマニア的な選曲、未発表2曲もあるが本当はあと3曲ぐらい未発表のものがあるはずだ。6月10日11th SINGLE『小さな恋のメロディ』リリース。6月24日 10th ALBUM『ロメオの心臓〜Romeo's Heart〜』リリース。コンピューター(ループ)を導入し、粗雑さと絡んで最高傑作に出合った。思うに達也には不満 だろうが前に進むにはこういった導入は不可避だったんだろう。「パイナップルサンド」の”♪ところで俺達有名になってサイコーになるはずだったんだけど・・・野生の狼みたいな目つきに帰ろうと思う今日この頃・・・”に妙に納得したのはオレだけだったんだろうか(笑)?8月26日12th SINGLE『ダンデライオン』リリース。めっちゃ綺麗な曲でカップリングの「シェリル」は8分もある曲だけどアレンジがアルバムからそのまま続いてるなって思う。11月18日 13th SINGLE『SWEET DAYS』リリース・・・・
 翌年1999年はまたソロ・プロジェクトに入り、合間に6月2日14th SINGLE『ペピン』リリース。思うにBJCは出す曲はいつも最高なんだけど最初はいつもとっ付きにくく、何回か聴いてるウチにいつの間にか気に入るケースが後期(どのあたりを後期というのか知しらんが)に頻繁にオレには起こった・・・ とにかくBJCの3人に戻ってもイベント・ライブに明け暮れた年だった。
 そしてノストラダムスの予言が外れた世紀末に2月に赤坂ブリッツで”BLACK LIST 002”というイベントにブランキー目当てで行きました。そしてそして新曲を何曲か聴いてアルバムへの期待を胸に膨らましてところに突然の解散のニュース・・・・ しばらく脱力感に襲われた日々を過ごした。そして手にしたアルバムを聴くと”解散”という事実が目の前にチラついてくるけどゴキゲンなアルバムで安心したと同時に”何故、解散?”と思う。 さて、アナログとCDでは収録曲が違うがここではCDの方で紹介しよう。

 1曲目「Sea Side Jet City」:

 Sea Side Jet Cityという名の街があって(たぶん、ブランキージェット街の隣りなんだろう)、そこではいろんな人が暮らしていて、もちろん現実的な苦しみもあるんだけど、 基本的にみんな穏やかで優しい人ばかりで、平和に暮らしている。街路樹には猿がいて、街の灯りはミラーボールで統一されていて、珊瑚礁売りもいれば、チリビーンズを買いにいったりして、そんな世界が広がっている。

 2曲目「CAMARO」:

 ツェッペリを彷彿させるようなギター。どこか異国から来て偶然に出合った友達に楽しくし生きようぜ、今日がお前の誕生日さって感じの曲?たしかに最近のTVはヘドが出る。 文部省は頭悪いんだろ。

 3曲目「アドベンチャー・オブ・グーフィー」:

 ”BLACK LIST 002”ではもっと切ない曲に聞こえたんだけど、イイッす!。照ちゃんの
ベースのリフがカッコエエ!

 4曲目「PANTERA」:

 達也が「カッコエエよ、DJでオレ掛けてぇもん」って言ってた曲。でも・・・歌詞がマジで聞き取りにくい(もっとも言いたい事なんてないんだろうけど)。

 5曲目「SALINGER」:

 何の曲だろう?って思ったらベンジーのバイクの名称だって。”あぁ〜”って頷くぐらいの疾走感が溢れてる。答えを探しながらバイクに乗ってるんだろう。 サビの”Tell Me Why?”は頭振りながら聞いて下さい。自然にオレは振ってしまうから(笑)。

 6曲目「不良の森」:

 はっきり言って名曲です。「悪い人達」以来の傑作を作ったと思っている。 PRVも作られてオレの曲のイメージとはちょっと違うけど溶けかかっている雪原の中で演奏して、最後に”Happy Birthday to you.We Are BLANKEY JET CITY”と泣いているピーススマイルに何故か胸が詰まる思いがする。「不良の詩」でデビューして「不良の森」でブランキーは幕を閉じたような気がする。

 7曲目「Sweet Days」:

 もうだいぶ前にシングルカットされた曲。ポップで明るい面が全面に出ている。ジェット シティの昼の部分かな?ギター1本でここまで世界が広がるのも珍しい。何回かアルバム聞いてるけど「不良の森」と前後しないとダメだなぁって・・・・思う。

 8曲目「動物実験撲滅ソング」:

 最初、聞いた時に出だしのベンジーのギターが重いなぁ・・・と思ってしまった。っつーことですいませんが いつも飛ばして聞いてしまってます(汗)

 9曲目「DERRINGER」:

 照ちゃんのウッドベースが光ってるロカビリーティストな曲。どっちかっつーとジェットシティの夜の部分かな。 解散ツアー中、何度これで踊り狂ったか・・・

 10曲目「リス」(アコースティックVERSION):

 随分前の幻の曲(のような気がする?)。アコギ1本での弾き語りでシングル「Sea Side Jet City」では聞いた事ないけど3人での演奏だろうな。

 11曲目「Come On」:

 全てのブランキストに捧げたメジャーコードな明るい曲でサントリーのカクテルバーのCMにも流れた。『SKU NK』の最後の「パープルジェリー」という曲の続編なんだろう。解散のニュースを聞いて”いつか君が居なくなっても/いつか僕が灰になっても怖がる事は何一つない/だって僕らはたぶん繋がっているんだ/しかめ面したって生きていくなんてお前じゃないよ/きっと悪魔に魅せられるだけ/・・・・・・答えなんて どこにもないよ感じてる事/それが全て。 って部分で言葉では表せないけど何となく・・・納得したような気がする・・・・

 一貫して聞くととても1曲1曲言葉で言い表せないけど・・・ベンジーの”愛”が垣間見える。 最高傑作なんだけど変に理屈を付けるより”心”で聞いてくれって感じだね。 おまけでラストシングルとなった

「Satuday Night」:
 もはや泣いても笑っても最後。ラスト・シングルだ。遂にその日が来てしまった。 CDエクストラ仕様だったり、スクリーンセーバが付いていたりと、妙に最後になってサービスが多い。あの愛想の悪そうなメンバーとのギャップが面白いが。しかし、彼らのファンに対する気持ち、というものを感じ取る事は出来る。

 あくまで疾走感に富んだロックン・ ロール・ナンバー。しかしそうでありながら悲しみが漂っている。これがブランキーなのだ。とにかく痺れるほど恰好良い。「ロックとはカッコ良さだ」というのを誰よりも体現していたのがブランキー・ジェ ット・シティだと思う。

 カッコイイから解散するのか、やり尽くしたのか理由はもうどうでもいいがジェットシティの市長から降りる事に”お疲れ様、ありがとう”と言っておこう。オレは彼らが存在していた時間に立ち会っていたのだ。彼らとロックを共有していたのだ。素晴らしい。 3人の佇まいが好きだった。初期の頃の爆音が好きだった。ベンジーの書く詩の世界・感性が好きだった。ブランキーには、グルーヴと繊細な詩情とオリジナリティという、優れたロックのもつ全てがあった。 ほんとうに、奇跡のようなバンドだったんだ。

 I Love ”BLANKY JET CITY”・・・・・絶対に忘れない音。

貴方にはどんな存在だったんだろう?

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