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 岱82回インプレッション

『終わり始まる』中川五郎 '00,3,5 IOCD-40046(旧番号URL-1002)

プロテストソングを聴きたきゃこれを聴け!! 俺はavexレーベルなんかキラいだ!唯一、まもとに聴いたのは映画「RING」のエンディングに使われたglobeぐらいで後の歌手(ダンサー)も歌も小室も俺の人生と無関係な存在だ。しかし・・・どういう経由でURCレコード復刻なんて似合わない事をやったのかわからないが、これだけがスタンディングオベーションで喝采してやる。だぶんavexの中のディレクターに団魂世代の人が居て、復刻の運びとなったんだろう(ついでに今だ復刻の影の見えないベルベッドレーベルも再発して欲しいなぁと思ったら今年の夏に再発のニュースが!!)

 そもそも俺がこのアルバムを買うのは実は3枚目。一枚目は東芝からの赤い帯の復刻盤を買ったんだけど、しばらく毎日のように聞きつづけてから都内の中古レコード屋でLP盤(URCのオリジナル盤)を2,200円で見付けて買ってからCDの方は売ってしまった・・・(今、思えば馬鹿なことをした)。中古レコード屋で手に取った時は嬉しくて、一変の迷いもなくレジに向かった。しかし、殆ど保存盤として買ったために聴きたいときにCDがないと不便だ。そして最近、また再発盤を買ってしまった。やっぱり今、聞いても綺麗なメロディに味わいのあるフォークギターの音色が新鮮に聞こえて素晴らしいアルバムだと思う。

 再発盤の帯に『1960年代後半の”政治の季節”・・・』と書いてあるが、当然、俺は生まれてないから当時の生の空気なんて知らないし、政治と音楽を深く結びつけることに抵抗があるのも知ってる。プラカードを持ってデモ行進に参加するつもりもないけど、そこに一種の感動を覚えたのも事実だ。内ゲバ安保のあの時代もう一度再現したいとも密かに思ってたりもする(汗)メッセージ色の強い唄に魅入られる癖のある俺にはたぶん仕方のないことなんじゃないだろうかな。今でも時々ラジオから高石友也の「受験生のブルース」が流れるがこのアルバムに入ってなくて本当に良かったと思ってる、あきらかなコミックソングはこのアルバムには似合わないから。@BDFKの歌詞は詩人”山内清”氏(大阪の高石市の市役所に勤務するかはわら詩を書いていた人)、中川さんはこの人について「ばくがぼくのうたを考えるとき山内氏の詩の存在を忘れることが出来ません」とコメントしてます。Eは樺 美智子追悼詩集『足音は絶ゆる時なく』に「前進」という作品で収められてる作品です。Hは岩波新書『詩の中にめざめる日本』で見つけた詩『自由について』に曲を付けたもの。Cはアイルランド民謡に詩を付けたものだし、Gはエリック・アンダーソンの詩を訳したある意味カバー(原曲「Time For Returning」)。有名なJもピート・シーガの詩訳。Aの詩は西尾志真子という人。こうして見ると作曲は中川五郎だが作詩をしてるのはIだけだ。
 各曲の解説をしようと思うのだが前作『六文銭/中川五郎』とどうしても被る部分が多いので軽く感想っぽいのを書こう。
1-「古いヨーロッパ」の中川イサトの深い重苦しい印象的なギターからこのアルバムは始まる。歴史がどんな変わろうとも人間の残虐性を淡々と歌ってる、たとえ一匹の野兎を追いかけるのにも何十人と組んで狩りをする。世界歴史から戦争が無かった期間はほんの僅かだと聴く。
2-「殺し屋のブルース」はURCで単独でシングルにもなったし、『六文銭/中川五郎』にも収録されてる。第二期ジャックスがバックを努めている。俺の鈍い耳では新録なのか同じバージョンなのか区別がつかない。エド・サリバンショーに出て来そうなフォーク”ROCK’N ROLL”。新宿の飲み屋で流れててもおかしくない曲だ。
3 -「いつのまにか」。 このアルバムの中で一番好きな曲。最近「V・A-反戦歌-」というCDが発売されてその中にも収録されてる。帯には『また再びこういう歌が必要とされ、唄う奴が増えてくると思う。 その為の良い参考資料!これ最高。』 【コザック前田 from ガガガSP】と最高のコメントが送られてる。イラクの日本人人質事件を見る度に射すくめられるような気分だ。30年経った今にリアルな歌として響いてくる・・・、願わくば”いつのまにか戦争を他人事と考えてる自分を見失った日本人に、焼けただれた日本の国が世界の朝刊に載って人々に運ばれて来る”日がないように・・・。
4-「主婦のブルース」。ライブ録音のため、ザーザーと雑音が入ってるが時代が時代なのでこれはこれで良し。ただし、最後にわざとらしく拍手の音が入ってるのもこの時代の特徴なのだが・・・。「受験生のブルース」の流れを汲むような歌。大正生まれの主婦の愚痴をパロディにして歌ってる。最後の「主婦は女の生きがいかしら?私は本当に生きたのかしら?」は誰にでもある大人の愚痴・・・かな。
5-「死んだ息子が帰ってきたから」。この時代の反戦歌を全部聴いたワケじゃないから何とも言えないが、基本的に「ベトナム和平」をみんな歌ったような気がする。その点、漫画「三丁目の夕焼け」の”タバコ屋のお婆ちゃん”の息子を太平洋戦争で亡くしたことを歌ったような物哀しい歌。。
6 -「あなたがもう笑えないから」も何処か物哀しい歌。めちゃくちゃ単純な曲なのに妙に胸に詰まされるような歌だ。例えていうなら傭兵がゲリラが襲った村を発見して、「パパ、ママ・・・」と書いたノートを手にした血だらけの少女の死体を見たときのやるせない胸中のような・・・。次の「うた」でガラリと雰囲気が変わってくれてどこかホっとして聴いてる自分がいる。
8-「帰るそのとき」。しっとりとしたガットギターのアルペジオから古典的なフォークの愛の歌。このアルバムが本当の「ラブ&ピース」のアルバムだと思わせた曲。
9-「自由についてのうた」。個人的にはベースもリードギターもない前回の方が好きだ。何つーか南国のような雰囲気になって歌詞の重みがあまり響いて来ない。内容はもろベトナム戦争についての歌。ベトナム戦争はアメリカが”悪”というイメージだけを残したけど、本当はアメリカ以上の”悪”があったと今では思ってる。どっちにしろ戦争なんて狂気で非人道的なものでしかない。話し合いで争いごとが無くなるなんてのも幻想の一つでしかないと思ってる。それでも人間は<自由>を阻むものに抵抗するんだろうな。
10-「俺はヤマトンチュ」。ヤマトンチュとか沖縄の方言で本土の人のことだそうです(今では使われてないだろうけど・・・)。今じゃ考えられない感覚だけど、昔は沖縄は”東洋のハワイ”だそうで、思いっきり沖縄問題を皮肉ってる。
11-「腰まで泥まみれ」。中川五郎の代表作の一つであり出世作。この歌を聴かなければ俺もフォークにハマることはなかっただろう。歌詞の1番から4番まで聴くとコッミクソングとしか聞こえず、事実俺も何人かに聞かせたがインパクトがありすぎて「”隊長”の歌」とネタソングとして認知して貰えなかった(涙)。前回のインプレから中川五郎さんがまだ歌ってる事が分かって嬉しくてメールを交わしたことがあって「今でも歌ってる」と嬉しい返事が返って来て最後に「TVのニュースなんか見るとまた”バカは叫ぶ”んですね」と返って来た。
12-「終わる」 デビルマンのラストのタイトルは「終わり、はじまる」とこのアルバムと名前が被ってた。秋から冬に掛けての凛として張り詰めたような空気があり、その中を路上に横たわり静かに眠る労務者の姿が浮かぶような曲。デビルマンのラストのように動乱の末の終わりとは違うが、確かに何かが終わるような・・・、アルバムの締めとしては相応しいし、8分57秒と俺が今まで聞いてきたフォークの中では異例の長さである。俺が道端で死んだら是非、葬式で流して欲しい程この曲の持つ雰囲気全てが好きだ。

最後にLPのスリーブに素晴らしい詩が書いてあったのでそれも書き足しておこう。

 たえまなく ぼくに襲いかかる ぼく自身の冬に 卑屈な
 にやにや笑いを笑いながら いつのまにか妥協してしまうことを
 ぼくは鋭く拒否していこう
 ぼくはいつも 自分の中で なにが始まりかけていて、何が始まっているか、何が終わり
 かけていて なにが終わってしまったか 見過ごしてしまわないよう
 いつも醒めていなければならない 甘く暖かい色の

 スポットライトのようにだまされることなく
  冬のまっただ中でも ぼくはその雪や あられに
 うちつけられて ぼく自身も冬に生きる人間になって
 しまってはいけない
  冬のまっただ中でも うたい たたかい いきつづけるために 
 ぼくはあらゆるものに 愛を 見つけなければならない

  爪は たえず 鋭く とがれているか。
  うたは たえず 人間らしさを奪いとるあらゆるものに
 たいしての激しい毒を 美しい人間への限りない愛を
 含んでいるか

 ぼくの つくりあげてきた そして街の中でつくりあげられた幻想に。
 すがりついて うたいつづける ことによって
 ぼくは何かが 終る気配を感じとらなければならない
 何が 終るか 正しく 知らなければならない

 あたらしいあさが ぼくのうえにやってくるとき
 ぼくのめは 多くやってきすぎた夜明けのたいようを
 まっすぐに みつめることが できるだろうか

 1969。10  20さい なかがわ ごろう

 

 今でも十分、説得力をもつ曲ばかりを収めたアルバムだと思う。『音楽は財産だ』なんて殊勝なことは言わないが、このアルバムを作った60年代終わりの雰囲気とこのアルバムは好きだ。たぶんこれからもたまにCD棚から引っ張りだして聴くことだろう。俺の感覚はコザック前田さんと何故か似てて、この時代のフォークはパンクだ!と感じるし、政治的だとか伝説的だとか言う前に、その音楽が面白いか面白くないかで全然違ってくる。その時代の空気を運んでくれるだけでもいい、でもその前に歌が響いて来なけりゃただのBGMだ。
  さて、最後に21世紀のこの時代に中川さんはこのアルバムからの反戦歌を歌うことはないと思う。何十年かぶりに新譜を出すそうだが、ベルベットからの路線でこれからもライブ(といってもBARの隅でのちょっとしたステージか、もしくは制服向上委員会とのジョイント?)は、そういったリアルで赤裸々な言葉の詰まった<ラブ・ソング>ばかりでたまにファンサービス的に「腰まで泥まみれ」を歌うくらいなんじゃないかと僕個人の予想だ(中川さん、読んでたらごめんなさい)。それはそれでしょうがないだろう、今の時代を呼吸してない歌なんて単なるノスタルジーでしかないんだから。そういった意味でリアル世代(フォークジャンボリー世代)じゃないけど俺はこのアルバムを墓場まで持っていく!このアルバムは個人的にただ単純に好きなだけだけど、ノスタルジーだけで終わらない輝きを今でも持っているから。


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